あれから1年

もうあれから1年が経つのですね。
輪番停電の影響で寒い思いをしたり、夜にチャリンコこいで通勤したり、いつも食べていた納豆が2週間も食べられなかったり。
それなりに震災の影響というものはありました。

しかし、被災地の方々に比べればなんと他愛の無い。

テレビでは連日悲惨な光景が映し出されていました。仕事を失い、家を失い、家族を失った人々。
連日の報道は、本当に同じ日本なのか?とあまりの悲惨さに現実としてとらえられない部分もありました。

そして、我々には直ぐに日常が戻って来ました。
ヲタとして普通にライブにも行って、電気も使い放題、震災前となんら変わらない生活に、日々記憶も風化していきそうになりました。
ただ私の場合、実家が被災地だったということで多少なりとも震災が身近なものではありました。

また、ハロプロのメンバーが募金活動をしているのを見て、本当小さな事だけど、この活動に賛同して、1公演1000円を寄付しました。
中にはメンバーがいるからって募金するなんてどうよ?と言ってる人もいましたが、こういう方々に限って実際何もしない。
自分は何と言われようがこれは続けようと思いました。


とはいえ、私の中では確実に風化しかけてました。

そこに先日母から一冊の冊子が届けられました。
それは地元の震災記でした。
そこには被災された方々の3.11やその後のご苦労、その生の声が多数掲載されていました。
東北三県ほど甚大な被害ではなかったので、報道もそれほどされなかった私の故郷なのですが、だからこそなのか母は「震災の様子を記録すべきでは」と思い立って有志らと共に声を集めて、そして震災記を作ったそうです。
この活動は地元の新聞や毎日新聞にも取り上げられていました。

本当小さい声だけど、それを自分達の足で集めた母らは、お偉方や専門家の意見を紹介して、いたずらに不安を煽るだけの今のマスメディアよりよほどジャーナリストらしいと思いました。

今日の℃-uteの更新でも今自分達に出来る事を彼女たちなりに問うてました。
母の行動も何かしなければ、というところからああいう震災記を作ったんだと思います。

今自分に何ができるのか?

本当にちっぽけな事しかできないかもしれない。
だけど、それでもその問いを自分自身に対して続けていくべきだろうと思います。

そうすることが、少なくともこの震災を風化させないことになるのでしょうから。


1年が経ちますが、未だに避難所暮らしの方、さらには原発被害で我が家に帰れない方、原発で懸命に作業する方、職を失ったままの方、そして心に大きな傷を負った方。
私の地元でも原発の影響で漁業、観光は壊滅的な打撃を受けて、いまだ復興の目処はたっていないそうです。

決して、震災後ではない、まだ真っ最中である、ということを強く心にとどめておくべきだろうと思います。